2026年10月31日 星期六

上帝與我們同在く神は我々と共におられる〉

 

上帝與我們同在

聖經:マタイによる福音書1:20-23

 20節

このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。

21節

マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

22節

このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

23節

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。

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題目:上帝與我們同在

テーマ:神は我々と共におられる

 

大家平安!今天我們參加黃萬益長老家族所舉辦的聖誕禮拜,一起來慶祝耶穌的誕生,分享耶穌誕生帶來的好消息。

皆さん、平安がありますように!今日は、黄万益長老のご家族が主催されるクリスマス礼拝に参加し、共にイエス様の誕生をお祝いするとともに、イエス様の誕生がもたらした良き知らせを分かち合いたいと思います。

 

一、耶穌是世人的拯救主

   イエスは世の人々の救い主である

 

首先我們用聖經馬太福音書所記載的一段敘述。

まず、聖書の『マタイによる福音書』に記されている一節を取り上げます。

聖經說: 「必有童女懷孕生子;人要稱他的名為以馬內利。」

(以馬內利翻出來就是「上帝與我們同在」。)

聖書にはこうあります。「見よ、処女が身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」

(インマヌエルとは、「神が私たちと共におられる」という意味です。)

 

天使對約瑟預告耶穌要誕生的事情。吩咐他們為嬰孩取名為「耶穌」

「耶穌」的名字,意思是「拯救她的百姓從黑暗罪惡中出來」。

天使はヨセフに、イエスが誕生することを告げ、その子に「イエス」と名付けるよう命じました。

 

以馬內利 就是「上帝與我們同在」的意思。

願今天這句話也在我們當中成為祝福。

「インマヌエル」とは、「神が私たちと共におられる」という意味です。

今日、この言葉が私たちにとって祝福となりますように。

 

整本聖經是描述上帝對我們的愛的書

馬太福音藉著耶穌誕生的故事來說,耶穌就像是「光」照在「黑暗」當中,祂是我們的希望。

聖書全体は、神様が私たちに対して抱いておられる愛を描いた書物です。

マタイによる福音書は、イエスの誕生の物語を通して、イエス様が「闇」の中に差し込む「光」のような存在であり、私たちの希望であることを伝えています。

 

耶穌是世界的救主,祂要拯救祂的百姓從黑暗罪惡中出來。

對世界的意義,就是讓人的心有平安。

讓世界能夠和平,在黑暗之中能夠看見光明的希望。

イエスは世界の救い主であり、ご自身の民を暗闇と罪から救い出そうとされます。世界にとってのその意義は、人々の心に平安をもたらすことです。

世界に平和をもたらし、暗闇の中に光ある希望を見出せるようにすることなのです。

二、以馬內利~上帝與我們同在

   インマヌエル~神は私たちと共におられる

以馬內利~上帝與我們同在,簡單來講,就是上帝愛世人。祂願意將她的愛心分寫給世界上每一個人。

インマヌエル――すなわち「神は私たちと共におられる」ということです。簡単に言えば、神は世の人々を愛しておられるということです。神は、ご自身の愛を世界中のすべての人に分かち与えたいと願っておられます。

 

黃萬益長老的聖誕慶祝會今年是71屆。在71年前那個艱困的時代,日本和台灣正式處於戰後的生活的復原當中。黃長老成為台灣和日本之間重要的橋樑;

他把台灣最好香蕉運到日本來,分享了台灣和日本之間有好的關係。

黄万益長老によるクリスマス祝賀会は、今年で第71回を迎えました。71年前という困難な時代、日本と台湾は戦後の生活再建の途上にありました。黄長老は、台湾と日本を結ぶ重要な架け橋となったのです。

彼は台湾産の最高品質のバナナを日本に届け、台湾と日本の間に良好な関係を築く一助となりました。

 

不僅如此,黄長老家族因為上帝的愛,把所受到的感動,化做為行動。

他們願意將這個愛心分享給在日本的台灣同胞,特別是青年人。

それだけではありません。黄長老の一家は、神の愛によって受けた感動を、具体的な行動へと変えていきました。

彼らは、この愛を日本にいる台湾の同胞たち、とりわけ若者たちと分かち合いたいと願っているのです。

 

青年人在日本求學,工作,雖然是一年一次的聚會,但是,這種「願意分享的精神」長久以來一直都持續著,這個意義仍然是對於我們有很大的鼓勵。

日本で学び、働く若者たち。年に一度の集まりではありますが、こうした「分かち合おうとする精神」は長きにわたって受け継がれており、その意義は、私たちにとって今なお大きな励みとなっています。

 

因為這是領受的上帝的愛,而且分享給所有的同胞。

這是很具體的行動,這裡不是只有領受,而且是給予的,給需要的人的分享。

なぜなら、これは神から受け取った愛であり、それをすべての同胞と分かち合うものだからです。

これは非常に具体的な行動です。ここには「受け取る」ことだけでなく、「与える」こと、つまり必要としている人々と分かち合うという側面があるのです。

 

願意用上帝的話來互相鼓勵的,如同今天題目「上帝與我們同在」。上帝的愛心,通過了黄長老的家族到了我們當中,我們今天分享的就是上帝豐盛的恩典。

神の御言葉をもって互いに励まし合いたいと思います。今日のテーマは「神は私たちと共におられる」です。神の愛は、黄長老のご家族を通して私たちのもとに届きました。今日分かち合うのは、神の豊かな恵みそのものです。

 

我們也願意將這種領受的愛繼續地轉播下去,給其他的人,

也就是在我們各個領域當中,努力的去做,將上帝所給我們的恩典,沒有私心的,分享給其他的人。

私たちは、受け取ったこの愛を他の人たちへと分かち広げていきたいと願っています。

すなわち、それぞれの活動の場において懸命に取り組み、神様から与えられた恵みを、私心なく、他の人々と分かち合うのです。

 

因為這樣子善良的循環,我們的社會有更多的愛心溫暖,這是非常有意義的事情。こうした善意の循環によって、私たちの社会にはより多くの愛情と温かさがもたらされています。これは非常に意義深いことです。

 

三、結語

上帝的確是與我們同在。

天使報好消息給約瑟和瑪麗亞,另外,在山裡面牧養的牧羊人,他們也看到了天使。

神は確かに、私たちと共におられます。

天使はヨセフとマリアに良い知らせを告げました。また、山の中で羊の群れを飼っていた羊飼いたちも、天使を目にしました。

 

 天使向他們報佳音,就是在寒冷的冬天,即使是心中很辛苦的人,耶穌誕生的好消息也讓他們也能夠感受到了。

天使は彼らに喜びの知らせを告げました。それは、寒い冬のさなか、たとえ心に大きな苦しみを抱えている人であっても、イエス・キリストの誕生という良き知らせによって、その喜びを感じ取ることができるというものでした。

 

  這是對我們有意義的,上帝的愛普遍給世界,在任何地方,耶路撒冷,在東京,也在偏僻的山邊,也給在社會上默默耕耘的人當中。

これは私たちにとって意味のあることです。神の愛は世界全体に、あらゆる場所に注がれています。エルサレムにも、東京にも、人里離れた山間部にも、そして社会の片隅でひたむきに生きる人々の間にも、神の愛は届いているのです。

 

  上帝的愛是不變的,從古代一直到現在,祂的愛永遠不變,在我們生活當中。在工作上或許會遇到挫折或困難,如同牧羊人對深夜裡面最寒冷的冬天,但是,上帝的光會出現,來報好消息~~就是上帝與我們同在。

神の愛は不変です。太古の昔から現在に至るまで、私たちの人生において、その愛は永遠に変わりません。仕事において、まるで真冬の深夜に羊飼いが直面するような、挫折や困難に出会うことがあるかもしれません。しかし、神の光が現れ、良き知らせをもたらしてくださいます。それは、「神が私たちと共におられる」ということです。

 今天馬太福音給我們的訊息是,「上帝的確與我們同在」。

在現在的生活中即使我們有困難,我們也祈禱,在心裡面相信上帝是信實的。

我們向上帝祈禱,懇求祂的光會進入到我們的心裡,讓我們有力量再起來,來行走前面的道路。

今日のマタイによる福音書が私たちに伝えているメッセージは、「神は確かに私たちと共におられる」ということです。

たとえ今の生活に困難があったとしても、私たちは祈り、神が真実な方であることを心から信じます。

私たちは神に祈り求めます。神の光が私たちの心に入り、再び立ち上がって、これからの道を歩んでいくための力を与えてくださるようにと。

 

耶穌又對眾人說:「我是世界的光。跟從我的,就不在黑暗裡走,必要得著生命的光。」(約翰8:12) 願上帝的慈愛永遠遠遠與我們同在,引領我們人生的腳步。

阿們

イエスは再び人々に言われました。「わたしは世の光です。わたしに従う者は、暗闇の中を歩くことはなく、必ず命の光を得るのです。」(ヨハネ8:12)神様の慈しみが、主イエスを通して、とこしえに私たちと共にあり、私たちの人生の歩みを導いてくださいますように。アーメン。

2026年10月27日 星期二

彼此相顧激發愛心

 

宣召:詩篇103:8

題目:


彼此相顧激發愛心

聖經:歌羅西3:23-24 希伯來 10:23-25

新聖詩:529,374,389

啟應文:60

 

一、    前言

大家平安!

 今天我們題目:「彼此相顧激發愛心」。是學習互相幫助的道理。有一句話說,「人間不是孤島」,因為人在世界上,不是單單一個人生活,而是在群體中,時常是與其他的人一起生活著的,我們今天用聖經的話來學習如何與其他的人相處。

 

  我們與其他的人想處,有兩方面要去想,有「自己」的責任,也有與「其他人」互相幫助的空間。自己一個人有限,有時也會跌倒,需要他人幫忙; 彼此的相顧,從跌倒之處再出發,如此互相的激發愛心,讓社會更好。

 

二、彼此相顧不是為己乃是為耶穌

 

  「彼此相顧激發愛心」,這種的彼此相顧,是互相幫助,彼此受到激勵。特別是在信仰,在教會的團契生活中的互相幫助,不是出於人的,乃是出於主耶穌的教導。

 

 保羅在哥羅西書中記著,「你們無論做甚麼,都要從心裏做,像是為主做的,不是為人做的;因為你們知道,從主那裏必得着基業作為賞賜。你們要服侍的是主基督。」(歌羅西3:23-24)

 

 保羅如此說,目的是要教會信徒們學習耶穌的模範,來彼此相愛。並且這一個服事不是為自己,乃是為了服事耶穌基督而做的,這一種的心態是值得我們來學習效法的。

 

三、新的誡命

「一條新的誡命」,這是今天的聖歌隊的詩歌,讓我們再思主耶穌對於世人所吩咐的「敬天愛人」的精神。

 

  馬可福音記著,有一個文士來,問耶穌說,誡命中哪是第一要緊的呢?

 耶穌回答說:『要愛兄弟 你要盡心、盡性、盡意、盡力愛主-你的上帝。』第二是:『要愛鄰如己。』再沒有比這兩條誡命更大的了。」(馬可12:30以下)

 

 要愛上帝、愛鄰,而且要實行在生活當中。這是不簡單的事!求主幫助我們,在主耶穌裡面,在我們的生活當中能夠將這新的誡命活出來。

 

四、彼此相顧,激發愛心,勉勵行善

  「彼此相顧激發愛心」,這不是口號,乃是表現在心靈上的互相照顧。比如說,兄弟姊妹有人在生活中跌倒了,造成身心的痛苦,我們在主裡用主耶穌的話來互相勉勵。

 

 用謙卑祈禱,彼此來代禱,懇求主耶穌來傾聽,以及保守和帶領。讓主內的兄弟姊妹的心靈因著聖靈的幫助,可以恢復平靜。

 

  希伯來書10:23-25如此記載著:「我們要堅守所宣認的指望,毫不動搖,因為應許我們的那位是信實的。」

 

「我們要彼此相顧,激發愛心,勉勵行善;」「不可停止聚會,好像那些停止慣了的人,倒要彼此勸勉,既然知道那日子臨近,就更當如此。」

 

「堅守所宣認的指望」,就是信守上帝的道理,時常來聚會讀聖經,明白上帝所指示的道理,這樣子讓我們的心不至於偏離。而且就是互相的照顧,來激發愛心,弟兄姊妹用上帝的話互相激勵,在軟弱中學習倚靠主耶穌再站起來。

 

「勉勵行善」。這也是很重要的話語,讓我們知道,一個人在受到幫助之後,所作所為是在光明的道路上。他這樣做,除了是對自己有幫助,也是對他人有益處的善事。願我們都因著希伯來書這經文得到了啟發。

 

五、把上帝的話落實在生活中

 「朋友乃時常親愛,弟兄為患難而生。」(箴言17:17)

 「朋友」是人生的寶貝,我們是與其他的人一起生活著。例如:在學校,有老師和學生的關係。在一個人的生涯實況當中,有喜歡的人,也有不喜歡的人。

 

 重要的事情是,我們要如何與人相處,這是我們要自己想好,也是要學習的功課。若是有錯誤的想法我們要做調整,修正。也懇求主幫助我們時時行在祂的真道上,這樣子我們才能夠繼續往前行。

 

 兄弟姊妹們! 約翰福音舉了「光」與「暗」的例子, 「光」是有愛心的地方,沒有愛心的地方,恨兄弟就是「暗」。

「那愛弟兄的,就是住在光明中,他不會使人失足犯罪。」「惟獨那恨弟兄的,是在黑暗裏,也在黑暗裏行走,不知道往哪裏去,因為黑暗使他的眼睛瞎了。」(約翰一書2:9~10)

 

 約翰在這裡就指出,初代教會的兄弟姊妹彼此相顧,一起走在光明中的教導。今天我們看了這些經文,希望落實在生活中。

 

六、結語

 我們是大人,大人的事是自己決定,而且是負起責任的人。與人相處需要覺悟與責任,心中有擔當地,知道什麼是需要做的覺悟,並且肯努力,確實地去做了,這就是責任。

 

 耶穌教導要我們彼此相愛,應用到我們的生活就是互相的尊重,這是人際當中基本的道理。願我們注神看耶穌,學習祂的腳步來行。

 

 我們在人生中有許多的學習,懇求主幫助我們。讓我們謙卑學習聖經的教導,來明白上帝對我們的啟示。兄弟姊妹們!讓我們以快樂、感恩的心迎接未來,一齊努力吧!

 

祈禱: 感謝主的恩典! 今日學習主的話,明白「彼此相顧,激發愛心」再一次在主前誠心祈求,求主引導我們人生的道路。

祈禱奉靠主的聖名 阿們。

2026年10月21日 星期三

傳承信仰的責任

 


宣召:詩篇106:1

題目:傳承信仰的責任 (信仰、継承)

聖經:約珥1:2-3 詩篇 78:1-4

新聖詩:18,560(1-4),391

啟應文:23

 

一、 前言

大家平安!

今天我們從詩篇78篇,先知約珥書來思考信仰傳承的重要性。 

「傳承」是指,把上一代的文化,信仰或資產,接續傳遞給下一代並加以發揚的過程。

舊約聖經記載著上帝與以色列百姓的同在,在世世代代的當中。這信仰的敘述也鼓勵我們,上帝要我們信靠祂,並且將這要緊的信仰繼續傳承下去。

 

一、はじめに
みなさん、平安がありますように!
本日は詩編78編と預言者ヨエル書から、信仰継承の重要性について考えてみましょう。 「継承」とは、前の世代の文化、信仰、あるいは資産を受け継ぎ、次の世代へと伝え、さらにそれを発展させていく過程のことです。 旧約聖書には、神が世代から世代へとイスラエルの民とともにおられたことが記されています。この信仰の記述は私たちを励まし、神が私たちに主を信頼させ、この大切な信仰を絶やさず継承していくことを望んでおられると教えています。

 

二、主的日子

 約珥書的主題是「主的日子」,當那日子來臨,上帝的主權介入人類的歷史當中。在那時,上帝會滅亡不承認祂主權的地上勢力。

約珥書中「主的日子」有「刑罰」與「拯救」的兩種描述方式,目的是要以色列百姓做出決斷的心,也就是要從錯誤中悔改。

 

約珥先知指出,以色列百姓做惡,違反上帝的契約。約珥描繪出當時候宗教指導者的罪,並且要他們悔改。先知有描述了蝗災,很淒慘的情況,這不是指自然的災害,乃是上帝的審判與拯救的意思。 

 

先知要求當代的人要悔改,而且向子孫後代傳達這悔改的訊息。先知呼籲他們採取行動,要禁食,要聖別為聖,呼求上帝來獲得拯救等等。 

 

二、主の日

ヨエル書のテーマは「主の日」です。その日が来ると、神の主権が人類の歴史の中に介入します。その時、神はご自分の主権を認めない地上の勢力を滅ぼされます。 ヨエル書における「主の日」には「刑罰」と「救い」という2つの描かれ方があり、その目的はイスラエルの民に決断する心、つまり過ちから悔い改める心を持たせることにあります。

預言者ヨエルは、イスラエルの民が罪を犯し、神の契約に違反したことを指摘しました。ヨエルは当時の宗教的指導者たちの罪を描き出し、彼らに悔い改めを求めました。また、預言者はイナゴの害を描写していますが、これは単なる自然災害ではなく、神の裁きと救いを意味しています。

預言者は同時代の人々に悔い改めを要求し、さらに子孫へとこの悔い改めのメッセージを伝えるよう求めました。預言者は彼らに行動を起こすよう呼びかけ、断食し、聖別され、救いを求めて神に叫ぶよう求めたのです。

 

三、 以色列民的信仰傳承

詩篇78篇被歸類為智慧文學,上帝的啟示在信者的生活當中,通過人理智的編寫,再附上上帝的真理,以吟唱的詩歌方式表達出來。被擄的以色列百姓們吟唱這首詩篇,心中感慨萬千。 

 

它的內容以色列人的歷史,從出埃及開始,經過曠野流浪,直到進入迦南地。 包含了人民的犯罪還有上帝的慈愛,忍耐,以及拯救的事件。這一篇不只是歷史的記載,更是對信仰有許多的提醒。 

 

 

這些智慧的文章,字字是提醒,要後代子孫們能夠信賴上帝。 

詩篇78篇1節,作者要他們留心聽,側耳傾聽,不要忘記上帝的話。 4節,上帝行了奇事,5節也提到上帝的教訓和命令,要子孫們遵守等等。6-8是回顧上帝的作為。以色列子孫順服上帝,則會在受祝福的道路前行。

 

他們提醒著,祖先們失敗的事不要再犯,苦口婆心來規勸的目的,無非是要百姓從歷史中學這些教訓。「這些事發生在他們身上,要作為鑒戒,而且寫下來正是要警戒我們這末世的人。」(參考哥林多前書10:11 ) 

 

上帝直接的啟示,鼓舞眾人的信仰,從先祖們傳承而來的信仰,在各個家庭和各宗族當中,要以感恩的心來繼承,學習順服上帝的信仰功課。 這是對於我們非常有意義的提醒。

 

三、イスラエルの民の信仰継承

 

詩編78編は知恵文学に分類されます。信者の生活における神の啓示が、人を経て神の真理が付与され、詩歌という形で表現されたものです。捕囚となったイスラエルの民はこの詩編を歌い、心に深い感慨を抱きました。

その内容は、出エジプトから始まり、荒れ野での放浪を経て、カナンの地に入るまでのイスラエル人の歴史です。民の犯罪だけでなく、神の慈しみ、忍耐、そして救いの出来事が含まれています。この篇は単なる歴史の記録ではなく、信仰に対する多くの教訓でもあります。

 

知恵に満ちた文章は、一字一字が子孫たちに神を信頼するよう促す戒めです。 詩編78編1節で、著者は民に「私の教えに耳を傾け、私の口の言葉に耳を傾けよ」と呼びかけ、神の言葉を忘れないように言います。4節では神が奇跡を行われたこと、5節では子孫が守るべき神の教えと命令について言及されています。6〜8節は神の御業を振り返る内容です。イスラエルの子孫が神に従順であれば、祝福された道を進むことになります。

彼らは、先祖たちが失敗したことを二度と繰り返さないよう諭しています。苦心して説得する目的は、民が歴史から教訓を学ぶことに他なりません。「彼らに起こったこれらの出来事は前兆であり、終わりの世に臨んでいる私たちに対する警告として記されたのです」(※1コリント10:11参照)。

神の直接的な啓示は人々の信仰を奮い立たせます。先祖から受け継がれてきた信仰を、各家庭や各一族の中で感謝の心をもって継承し、神に従順であるという信仰の学びを深めていきましょう。

 

四、信仰落實在生活中

 聖經中許多地方,描述以家庭為單位傳授拯救的例子 「他們說:「當信主耶穌,你和你一家都必得救。」(使徒行傳16:31) 目的是鼓勵各個家庭,孩子接受信仰傳承的重要性。

 

「要好好管理自己的家,使兒女順服,凡事莊重。」(提摩太前書3:4,5)這也是對於我們當代信仰重要的課題,讓我們努力的來互相提醒。

 

「信仰」是由上帝啟示出發,進一步浸透到日常的生活當中。以實際行動來見證,在那互動的當中有信仰的智慧與益處到達每一個人的心中。

 

詩篇31:5「我將我的靈交在你手裏;耶和華-信實的上帝啊,你救贖了我。」這是猶太人母親教導孩子最初的祈禱。在晚上的時候,各個家庭也用這祈禱向上帝道晚安。意思是將每天的生活擺上,向上帝祈求幫助。這就是信仰。 

 

兄弟姊妹們! 讓我們再一次安靜地思想,上帝在我們的家庭,對於我們的作為。 祂所對我們啟示的真理,我們如同是接受的盤子,接納了上帝的恩典。我們領受了上帝的話,讓我們靈性成長,得著了益處。 

 

四、生活に根ざす信仰

聖書には、家庭を単位として救いが伝えられる例が多く描かれています。

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒言行録 16:31)

 

目的は、各家庭で子供が信仰の継承を受け入れる重要性を励ますことです。

 

「自分の家庭をよく治め、威厳をもって子供たちを従わせている人でなければなりません。」(提摩太前書/1テモテ 3:4-5)

 

これも現代の私たちの信仰における重要な課題であり、互いに励まし合いながら取り組んでいきましょう。

 

「信仰」とは神の啓示から始まり、さらに日常の生活へと浸透していくものです。実際の行動によって証し立て、その交わりの中で信仰の知恵と益が一人ひとりの心に届くのです。

 

「あなたの手にわたしの霊をゆだねます。主、まことの神よ、わたしを贖ってください。」(詩編 31:6)

これはユダヤ人の母親が子供に教える最初の祈りです。

 

夜になると、各家庭でこの祈りを用いて神に「おやすみなさい」を告げます。毎日の生活を捧げ、神に助けを求めるという意味です。これこそが信仰です。

 

兄弟姉妹の皆さん!私たちの家庭において、神が私たちになしてくださった御業を、もう一度静かに思い巡らせましょう。神が私たちに開示してくださった真理を、私たちは皿のように受け止め、神の恵みを受け入れました。神の言葉を受け取ることで、私たちの霊性は成長し、益を得たのです。

 

 

五、上帝的拯救在人的軟弱中成就

這一篇詩篇78可以作為我們傳承信仰的重要參考經文,以色列的智慧者不斷的行動,將信仰的智慧確實地保留下來。  

 

上帝的啟示在人間,通過教導、比喻、或是謎語、傳給人的教訓當中呈現出來,從以前到現在,在現實的生活當中被繼承下來。 

 

上帝的拯救在以色列百姓的歷史中,他們三番兩次地不忠實,反抗上帝(詩篇78:10,11節) ;但是,他們清楚地寫下來,雖然不是很光彩,勇敢地向上帝告白了他們不名譽的歷史過去。 

 

在新約耶穌的族譜中,也有不名譽的祖先在其中,雖然如此,但是,上帝的拯救計畫仍是不變。上帝對於軟弱的人類依然不離不棄,上帝的拯救, 上帝的慈愛仍然是臨在祂所喜悅的人當中。 

 

五、人の弱さの中で成就する神の救い

この詩編78編は、私たちが信仰を継承するための重要な箇所となります。イスラエルの知恵者たちは絶えず行動し、信仰の知恵を確かに書き残しました。

神の啓示は人々の間で、教え、比喩、謎、あるいは人に伝えられる教訓を通して表され、昔から現在に至るまで、現実の生活の中で受け継がれてきました。

イスラエルの民の歴史において神の救いは示されましたが、彼らは何度も不誠実であり、神に反逆しました(詩編78:10-11)。

 

しかし彼らは、決して誇れるものではない過去の歴史を隠さず明確に書き記し、神の前に勇敢に告白したのです。

 

新約聖書のイエスの系図にも、不名誉な先祖が含まれています。それにもかかわらず、神の救いの計画が変わることはありません。神は弱い人類を見捨てることなく、神の救いと慈しみは、今も神の御心に適う人々に臨んでいます。

 

 

六、結語

 詩篇的作者呼籲信者,回到上帝面前,聆聽祂的話,注意自己的錯誤,誠心的悔改。「他們才求問他,回心轉意,切切尋求上帝。」(詩篇78:34)

 

 約翰對於初代教會的信徒們的提醒,「要熱心,並且悔改」,聽上帝的話。「凡我所疼愛的,我就責備管教。所以,你要發熱心,也要悔改。」(啟示錄3:19)

 

 中世紀宗教改革家馬丁·路德於1517年10月31日貼在德國威登堡城堡教堂門上的拉丁文學術辯論文。他嚴厲抨擊了天主教會販賣贖罪券的腐敗行為,直接引爆了歐洲的宗教改革運動。

 

 在他95條的第一條就如此寫著,「告白我們的救主,導師~耶穌基督,我們應該『悔改吧!』」。 他敘述信者的信仰生活,是全生涯悔改的生活,承認自己的不足,這是不容易的事。求主幫助我們,在信仰的路上有如此的學習。

 

我們是上帝所創造的珍貴生命,並且祂也將信仰的心放在我們心中,我們懇求主耶穌基督的赦免以及聖靈的做工,幫助我們再堅定信心,讓我們能夠將這要緊的信仰傳承給下一代。 

願主的平安與大家同在!

 

六、おわりに

 

詩編の著者は信者に対し、神の前に立ち返り、御言葉に耳を傾け、自分の過ちに気づき、心から悔い改めるよう呼びかけています。

 

「神が彼らを打ち殺されると、彼らは神を訪ね、立ち返って、真剣に神を求めた。」(詩編 78:34)

 

ヨハネが初代教会に与えた「熱心になって悔い改めなさい」、そして神の言葉を聞きなさいという勧めもあります。

 

「わたしは愛する者をだれでも叱り、鍛える。だから、熱心になって悔い改めよ。」(ヨハネの黙示録 3:19)

 

中世の宗教改革者マルティン・ルターは、1517年10月31日、ドイツのヴィッテンベルク城教会にラテン語で書かれた学術討論文を貼り出しました。彼はカトリック教会による免罪符の販売という腐敗行為を強く批判し、これがヨーロッパの宗教改革運動を引き起こす直接のきっかけとなりました。

 

その95条の第1条にはこのように書かれています。

「私たちの主であり師であるイエス・キリストが『悔い改めよ』と言われた時、信徒の生涯全体が悔い改めであれと望まれたのである。」

 

彼は信者の信仰生活とは、生涯を通じた悔い改めの生活であり、自らの不足を認めることであると述べました。それは決して容易なことではありません。

 

信仰の道においてそのような学びが得られるよう、主に助けを求めましょう。

 

私たちは神によって創造された尊い存在であり、神は私たちの心に信仰の心を与えてくださいました。

 

主イエス・キリストの赦しと聖霊の働きを心から祈り求め、信仰をより確かなものとし、信仰を次の世代へと継承していくことができますように。 主の平安が皆さんとともにありますように!

 

 「傳承」 需要覺悟與責任,心中有擔當地,知道什麼是需要做的覺悟,並且努力確實地去做了。讓我們一齊努力吧!

「伝統を継承する」には、意識と責任感が求められる。それは、義務感を持ち、何をすべきかを理解し、それを実現するために一丸となって努力することを意味する。ご一緒に頑張りましょう!


祈禱: 感謝主的恩典! 今日學習詩篇和約珥書,來學習將信仰傳承下一代的重要,再一次在主前誠心祈求,求主幫助我們。

祈禱奉靠主的聖名 阿們。

上帝與我們同在く神は我々と共におられる〉

  上帝與我們同在 聖經 : マタイによる福音書 1:20-23   20 節 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。 21 節 マリアは男の子を産む...