2026年5月11日 星期一

マグダラのマリアー悲惨から救われた女性

 



マグダラのマリアー悲惨から救われた女性」

 

聖書朗読▼ルカ8:1-3

 

1.その後、イエスは町や村をめぐって神の国を説き、福音を宣べ伝えられた。十二人もお供をした。

 

2.また、悪霊や病気を治してもらった女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア、

 

3.ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか多くの女たちも一緒であった。彼女たちは、自分の財産をもって彼らに仕えていた。

 

 おはようございます。今年も母の日の礼拝を皆さんと一緒にささげることができる恵みを主に感謝します。

早安.感謝主的恩典​​,讓我們今年又能和大家一起慶祝母親節。

 私がここ台湾教会の”母の日礼拝”でメッセージを取り次ぐようになって3年目。前回までの2回は旧約聖書の人物を取り上げましたが、今回は新約聖書に出てくる、ある訳アリの女性を見て行きたいと思います。

這是我第三年在台灣這間教會的母親節禮拜講道。前兩年,我主要講解舊約中的人物,但這次我想談談新約中一位「命運坎坷」的女性。

 

 それは「マグダラのマリア」という人です。先ほど読んでいただいた箇所を見ると、イエスの弟子となり、他の女性たちと一緒にイエスと12人の弟子たちを支えていたということが分かります。「自分の財産をもって」仕えていたとあるので、金銭的には豊かな人だったのでしょう。

那個人是抹大拉的馬利亞。從你剛才讀到的經文中,我們可以看出她成了耶穌的門徒,並與其他婦女一起供養耶穌和十二門徒。經文說她「用自己的財物」服事他們,所以她一定是一位經濟條件優渥的人。

 

 ところが彼女は、遊女ラハブやサマリヤの女性と同じように、不快な過去がありました。先ほど読んでいただいた聖書箇所に「七つの悪霊を追い出してもらった」と説明がついている通りです。

然而,就像妓女喇合和撒瑪利亞婦人一樣,她也有一段不愉快的過去。正如我們剛才讀到的聖經經文所描述的,「七個鬼從她身上被趕了出來」。

 

 「悪霊を追い出してもらった=悪霊につかれていた」と言うと、勝手なイメージですが、不道徳で乱れた生活をしていた女性だったのではと思われがちかもしれません。しかし、聖書はそのようには言っていません。

當有人說「我被魔鬼驅趕了」時,人們很容易想像她是個生活放蕩不羈的女人。然而,聖經並沒有這樣說。

 

 七つもの悪霊につかれている状態がどんななのか、分かりませんが、多重人格者のような感じだったのでしょうか。入れ替わり立ち代わり悪霊の影響によって様子が変わって、周囲の人には気味悪がられる存在だったのかもしれません。

我不知道被七個惡靈附身是什麼感覺,但或許就像擁有多重人格一樣。惡靈的影響力不斷變化,使他成為周遭人眼中令人恐懼的存在。

 

もしかしたら彼女は感情的にアップダウンが激しいタイプではあったかもしれません。近い存在で似たような人を探すなら、12弟子のひとり、ペテロが挙げられるでしょうか。

她或許是那種情緒波動極大的人。如果要找一個和她相似的人,或許會想到十二門徒之一的彼得。

 

 とてもドラマティックな感じのストーリーが想像されるので絵画や映画、ドラマにもなりやすい人物だったかもしれません。(NHKで今放送されている『まぐだら屋のマリア』とは違います!)這個故事似乎非常戲劇化,所以他很可能是一個很容易被改編成繪畫、電影或戲劇的人物。 (這與目前在NHK播出的《瑪古達拉屋的瑪利亞》不同!)

 

■マグダラのマリアの経歴

 「マリア」はユダヤ人によくある名前でした。聖書の中には、イエスの母を初め、何人ものマリアが出てきます。「マグダラ」は、彼女の出身地。ガリラヤ湖畔にある漁業が盛んな町でした。

■抹大拉的瑪利亞的生平

 

「瑪利亞」是一個常見的猶太名字。 《聖經》中提到幾位名叫瑪利亞的人,包括耶穌的母親。 「抹大拉」是她的出生地,位於加利利海沿岸的漁村。

 

 イエスは、生まれはベツレヘムですが、育ちはナザレの町なので「ナザレ人」とか「ナザレのイエス」と言われていました。それと同じように、彼女は出身地をとって「マグダラのマリア」と呼ばれたのです。

耶穌出生於伯利恆,但在拿撒勒長大,因此被稱為「拿撒勒人」或「拿撒勒人」的耶穌。同樣,她也因其出生地而被稱作“抹大拉的馬利亞”。

 

 けれども聖書は、それ以外の、彼女の家族や年齢や、結婚しているかどうかなどのプロフィールを一切提供していません。ただ、イエスに会う前、彼女が悪霊につかれていたということだけが知らされます。

然而,聖經並沒有提供關於她的其他個人信息,例如她的家庭、年齡或婚姻狀況。我們只知道她在遇見耶穌之前曾被魔鬼附身。

 

■悪霊の働きと対策

 悪霊の活動は人の健康や思考力や機能に影響を及ぼす外部からの力です。今現在でもその力は私たちに働きかけてきます。悪霊によって異常な恐れや心配事に支配されたり、強迫観念に捕らわれたりすることがあるのです。

■邪靈的運作及其應對方法

 

邪靈是影響人的健康、思考能力和行為的外力。即使在今天,這些力量仍然在影響著我們。邪靈會使我們被異常的恐懼和擔憂所支配,或使我們陷入強迫性思維的泥沼。

 

 悪魔と悪霊たちは、クリスチャンにも攻撃を仕掛けます。歴史的にも、偽りや間違った教えによって教会を混乱させ、分裂させたりしました。

魔鬼和邪靈也會攻擊基督徒。歷史上,它們曾經透過謊言和誤導的教導,在教會內部製造混亂和分裂。

 

 この時代を生きる私たちが、今も活発な悪霊の働きに、どう対応したらいいのかといえば、聖書に答えがあります。変に恐れるのではなく、悪魔の攻撃に絶えず警戒し、抵抗することです。

如果我們生活在這個時代,想知道如何應對邪靈依然活躍的活動,答案就在聖經裡。我們不應該過度恐懼,而應該時時警惕魔鬼的攻擊並加以抵擋。

1ペテロ5:8-9

 

「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。

彼得前書 5:8-9

 

“務要警醒,謹守防範,因為你們的仇敵魔鬼,如同吼叫的獅子,尋找可吞吃的人。”

 

堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。ご存じのように、世界中で、あなたがたの兄弟たちが同じ苦難を通ってきているのです。

你們要在信仰上站立得穩,抵擋魔鬼,因為你們知道,你們的弟兄姊妹在世界各地也正在經歷同樣的苦難。

 

 またエペソ6:10-20では、クリスチャンが神の武具を身に着けることで悪魔に立ち向かう手順を教えています。

以弗所書 6:10-20 也教導基督徒如何穿戴神所賜的全副軍裝來抵擋魔鬼。

「‥‥悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。

 

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。‥‥」

「要穿戴神所賜的全副軍裝,好抵擋魔鬼的詭計。

 

我們爭戰的不是血肉之軀,乃是與那些執政的、掌權的、管轄這幽暗世界的,以及天空屬靈氣的惡魔爭戰……”

 

■悪霊から解放されたマリアが経験したこと

 さて、マグダラのマリアは悪霊たちに拘束されていました。

■瑪利亞從邪靈中解脫後的經歷

 

當時,抹大拉的瑪麗被邪靈囚禁。

 

 彼女が7つもの悪霊から解放されたことで、イエスに対する深い感謝と絶対的な信頼に繋がったことは容易に想像できます。彼女はイエスに従う多くの弟子たちの中でも指折り数えることができるような中心的な人、信仰深い人のひとりになりました。と言うのも、実際に彼女の名前は福音書の中で14回、他の女性たちと一緒に出てきます。

不難想像,她從七個惡魔的束縛中解脫出來後,對耶穌充滿了深深的感激和絕對的信賴。她成為耶穌眾多門徒中最核心、最虔誠的門徒之一,她的名字在福音書中出現了14次,與其他女性的名字並列。

 

また、彼女単独では、イエスの死と復活に関連して5回登場するのです。他の12弟子に比べても、なかなかの存在感です。

此外,她還五次單獨出現,與耶穌的死亡和復活有關。與其他十二門徒相比,她的出場時間相當可觀。

 

 イエスが多くの苦しみを受けるため、エルサレムに向かわれたときも、彼女はイエスに従っていきました。イエスが十字架につけられると、男の弟子たちはイエスを捨てて逃げ去ったにも関わらず、彼女はイエスの死を他の女の弟子たちとともに見届ける粘り強さを見せました。

她跟隨耶穌前往耶路撒冷,經歷了許多苦難。耶穌被釘十字架時,男門徒們都離他而去,但她卻展現出驚人的毅力,與其他女門徒一起留下來,親眼目睹了他的死亡。

マルコ15:40―41

 

40.女たちも遠くから見ていたが、その中には、マグダラのマリアと、小ヤコブとヨセの母マリアと、サロメがいた。

 

41.イエスがガリラヤにおられたときに、イエスに従って仕えていた人たちであった。このほかにも、イエスと一緒にエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。

 

馬可福音 15:40-41

 

40. 那些婦女遠遠地觀看,其中有抹大拉的馬利亞、小雅各和約西的母親馬利亞,還有撒羅米。

 

41. 這些婦女就是耶穌在加利利的時候服事他的。還有許多婦女和他一同上耶路撒冷去。

 

 イエスの弟子と言うと、どうしても男性を思い描きがちですが、このむごたらしい十字架刑の現場には、女性たちの姿が大勢あったことが記されているのです。

當我們想到耶穌的門徒時,我們往往會想到男性,但據記載,在這場可怕的釘十字架事件現場,有很多女性在場。

 

 その中でもマグダラのマリアについて特に印象に残るのは、イエスの復活の朝、園で彼女と話したというシーンです。(ヨハネ201118

在所有關於抹大拉的瑪利亞的故事中,最引人注目的是耶穌復活那天早晨在花園裡與她談話的場景。 (約翰福音 20:11-18

 

 マリアは十字架刑のその日、イエスの母マリアの傍らにいました。そこで彼女は大きな悲しみを経験しました。敬愛する先生であるイエスが、犯罪人としてむごたらしい格好で死刑にさせられたわけですから。

耶穌被釘十字架那天,瑪利亞陪伴在耶穌的母親身邊。她悲痛欲絕,因為她敬愛的老師耶穌被當作罪犯殘忍地處決了。

 

 

 安息日が明けると、彼女は他の女性たちと朝早く墓に向かいました。前日のショックも冷めやらぬ状態の中、遺体に香油を塗りに行こうとしたのですが、ここで、疑問が浮かびます。遺体が盗まれることを警戒してしっかりと封印された墓にどうやって入るつもりだったのかという疑問です。深く考え、対策を練り、準備してから行かないあたりが「女ペテロ」を感じさせる要因です。

安息日結束後,她和其他婦女在清晨就去了墳墓。她們仍沉浸在前一天的震驚之中,便去用香膏膏抹屍體。但這引出了一個問題:她們打算如何進入那嚴密封死、防止屍體被偷走的墳墓呢?她們沒有深思熟慮,沒有製定應對措施,也沒有事先做好準備,這讓她們看起來像是「女版彼得」。

 

 墓にたどり着いたマリアはそこで、違和感を感じました。封印されたはずの墓の入口にあった大きな石が取り除けられていたのです!空っぽになった墓を見たこの時の彼女の心を想像してみてください。ありえない、衝撃的な景色を見て、あまりの驚きと、大切な遺体が消えている現実に、これまたショックを受け、きっと目にいっぱい涙を浮かべ、彼女はペテロとヨハネにこのことを伝えに走りました。

當瑪麗來到墓穴前時,她感到有些不對勁。原本應該封住墓穴入口的大石頭,竟然被移開了!想像一下,當她看到空蕩蕩的墓穴時,該是何等的震驚。面對這難以置信的景象,又因發現珍貴的遺骸已不復存在而悲痛欲絕,她一定淚流滿面,跑去告訴彼得和約翰發生了什麼事。

 

ヨハネ202「だれかが墓から主を取っていきました。どこに主を置いたのか、私たちには分かりません。

約翰福音 20:2 “有人把主從墳墓裡挪走了,我們不知道他們把他放在哪裡了。

 

 それを聞いたペテロとヨハネは急いで一緒に墓に行きました。そこで彼らも空っぽの墓を見て驚き、イエスの遺体がないことを確認し、彼らは家に戻ったのです。

彼得和約翰聽見這話,就一同急忙趕到墳墓那裡。他們也驚訝地發現墳墓是空的,確認耶穌的遺體不在那裡後,就回家了。

 

 一方、マリアはどうしたでしょうか。彼女は彼らと一緒には戻らず、墓の外にたたずんで泣いていました。他の女性たちはペテロたちと一緒に戻っていたのかもしれません。

與此同時,瑪麗怎麼樣了?她沒有跟他們一起回去,而是站在墓外哭泣。其他婦女可能和彼得他們一起回去了。

 

ヨハネ201118

 

11.一方、マリアは墓の外にたたずんで泣いていた。そして、泣きながら、からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。

12.すると、白い衣を来た二人のみ使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、一人は頭のところに、一人は足のところに座っているのが見えた。

約翰福音 20:11-18

 

11. 馬利亞站在墳墓外哭泣。她哭著,俯身往墳墓裡看。

 

12. 她看見兩個天使,身穿白衣,坐在安放耶穌身體的地方,一個在頭,一個在腳。

 

13.彼らはマリアに言った。「女の方、なぜ泣いているのですか。」彼女は言った。「だれかが私の主を取って行きました。どこに主を置いたのか、私には分かりません。

 

14.彼女はこう言ってから、うしろを振り向いた。そして、イエスが立っておられるのを見たが、それがイエスであることが分からなかった。

13. 他們對馬利亞說:“婦人,你為什麼哭?”她回答說:“有人把我主帶走了,我不知道他們把他放在哪裡了。”

 

14. 說了這話,她轉過身來,看見耶穌站在那裡,卻認不出他來。

 

15.イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は、彼が園の管理人だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。私が引き取ります。」

 

16.イエスは彼女に言われた。「マリア」彼女は振り向いて、ヘブル語で「ラボニ」、すなわち「先生」とイエスに言った。

15. 耶穌問她:“你為什麼哭?你在找誰?” 她以為他是園丁,就說:“如果你把他搬走了,請告訴我你把他放在哪裡,我好去拿他。”

 

16. 耶穌叫她:「馬利亞!」她轉過身來,用希伯來文對他說:「拉波尼!」(意思是「老師」)。

 

17.イエスは彼女に言われた。「わたしにすがりついてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないのです。わたしの兄弟たちのところに行って、『わたしはわたしの父であり、あなたがたの父である方、私の神であり、あなたがたの神である方のもとに上る』と伝えなさい。」

 

18.マグダラのマリアは行って、弟子たちに「私は主を見ました」と言い、主が自分にこれらのことを話されたと伝えた。

17. 耶穌對她說:“不要拉住我,因為我還沒有升到父那裡去。你去告訴我的弟兄們,‘我要升到我的父那裡去,也是你們的父那裡去;要到我的神那裡去,也是你們的神那裡去。’”

 

18. 抹大拉的馬利亞去告訴門徒說:「我已經看見主了!」並且把主對她說過的話告訴他們。

 

 イエスは、マグダラのマリアに素晴らしい喜びの経験を与えてくださいました。マリアは、よみがえられたイエスに会った最初の人であり、復活後にイエスの声を最初に聞いた人だったと言えます。

耶穌讓抹大拉的瑪利亞體驗了極大的喜樂。她是第一個見到復活的耶穌的人,也是第一個聽到祂復活後聲音的人。

 

 声の主がイエスであると分かった時、彼女が最初にしたのは、イエスに触れようとすることでした。

當她意識到這聲音屬於耶穌時,她做的第一件事就是想觸摸他。

 でもイエスは、それをお許しになりませんでした。イエスの人間として形の伴う存在が、もはやマリヤの人生には必要ではないことを伝えようとされたのでしょうか。 今後、彼女は、主と霊的に親しく交わり、ともに歩んでいくということを知る必要があったのです。それは今までとはまったく違う生き方です。でも主が天に上げられてから後も続いていく新しい関係性です。

但耶穌不允許。或許他是想告訴馬利亞,耶穌作為人的實際存在對她而言已不再必要。從今以後,她需要明白,她將與主在屬靈上相交,與祂同行。這與以往的生活方式截然不同。但這是一種全新的關係,即使在主升天之後,這種關係仍將持續。

 

■マリアのように新しい1歩を

 マグダラのマリアは、自分の過去の人生や現在の苦しみ、悲惨、恐れの中に絶望した人生を送ることもできました。神を恨んで生きることもできたでしょう。けれども彼女はイエスに出会い、癒されて、神に仕える人生へと変えられていきました。

■像瑪利亞一樣踏出新的一步

 

抹大拉的瑪利亞可能過著絕望的生活,被過去和現在的苦難、悲慘和恐懼所折磨。她本可能憎恨上帝。但她遇見了耶穌,得到了醫治,她的生命從此改變,成為服事上帝的生命。

 

 皆さんはどうでしょうか。中には、たった今も、苦しみや恐れ、悲しみ、その他多くの誘惑にさらされ、束縛されたり、依存している状態にある方もおられるかもしれません。でも、イエスが、マリアと同様にあなたを解放してくださることを知り、主イエスのところに来てください。

你呢?你們當中有些或許正經歷著痛苦、恐懼、悲傷以及其他種種誘惑,感到被束縛或依賴。但要知道,耶穌會釋放你們,就像祂釋放馬利亞一樣,來到主耶穌面前。

 

ヨハネ8:36

 

ですから、子(イエス・キリスト)があなたがたを自由にするなら、あなたがたは本当に自由になるのです。

約翰福音 8:36

 

所以,如果天父的兒子(耶穌基督)使你們得自由,你們就真自由了。

 あなたは今日、方向転換をして、悔い改めと主イエスを信じる信仰によって新しい生き方を始めましょう。

今天,你可以透過悔改和信靠主耶穌來改變方向,開始新的生活。

 

 

■あなたにも与えられた使命

 マグダラのマリアを初め、女の弟子たちが、イエスの復活の最初の証人とされ、他の弟子たちに知らせるように派遣されたことは、何気なく書かれていて、現代を生きる私たちにはそんなに強い印象を受ける箇所ではないかもしれません。

■你們所領受的使命

 

關於抹大拉的馬利亞和其他女門徒被選為耶穌復活的第一批見證人,並被派去通知其他門徒這件事,聖經只是輕描淡寫地提及,可能不會給生活在現代的我們留下深刻的印象。

 

 しかし、これは特筆すべきことです。人類にとって、もっとも重要なキリストの復活の知らせは、まず墓を見に行った女の弟子たちに伝えられました。

然而,這一點得注意。對人類而言最重要的消息──基督的復活──首先是傳達給前往墳墓的女門徒的。

 

マルコ16:1-「マグダラのマリアとヤコブの母マリアとサロメ」

 

マタイ281「マグダラのマリアともう一人のマリア」

 

ルカ2410「マグダラのマリア、ヨハンナ、ヤコブの母マリア、そしてほかの女たち」

 

ヨハネ201「マグダラのマリア」

馬可福音 16:1 - “抹大拉的馬利亞、雅各的母親馬利亞和撒羅米

 

馬太福音 28:1 - “抹大拉的馬利亞和另一個馬利亞”

 

路加福音 24:10 - “抹大拉的馬利亞、約亞拿、雅各的母親馬利亞和其他婦女

 

約翰福音 20:1 - “抹大拉的馬利亞

 

と、4福音書すべてに復活の現場にいたマグダラのマリアの名前が挙げられているのです。トップバッターが彼女であることは、まさに女弟子たちの中のリーダー格だったであろうことを感じさせる表記です。

因此,在耶穌復活時在場的抹大拉的瑪利亞的名字在四福音書中均有提及。她被首先提及,這表明她很可能是女門徒中的領袖之一。

 

 誰もが驚くキリストの復活の知らせをほかの弟子たちに伝えるという重大任務は御使いたちによって女性たちに託されました。その背後にはイエスが弟子の中核に女の弟子を迎え入れ、福音のもっとも深い真理を教えていたという事実が存在するのだと思います。

將基督復活這驚人的消息傳達給其他門徒這項至關重要的任務,是由天使委託給女性的。我相信這反映了耶穌歡迎女門徒進入祂的核心群體,並教導她們福音中最深奧的真理。

 

 御使いは女たちに、イエスが教えたことを思い出すように言います。それも、女たちがイエスの弟子であったことの裏付けになっています。また、先ほど読んだようにヨハネ20章で、イエスが自分が父のもとに上るとマグダラのマリアに教えたことに注目すべきです。復活だけでなく、召天という重大な出来事をもほかの弟子に伝える任務をマリアに託されたのです。

天使告訴這些婦女要記住耶穌教導她們的話,這進一步證實了她們是耶穌的門徒。此外,正如我們在約翰福音20章所讀到的,耶穌告訴抹大拉的馬利亞他要升天回到父那裡。他委託馬利亞不僅要將復活的消息,還要將他升天的重大事件傳達給其他門徒。

 

 とかく女性が軽んじられていた時代、国で、イエスはそうはなさいませんでした。単なるフェミニズムではありません。

在女性地位普遍低落的時代,她們生活在日本家庭中。這無疑是個女權主義問題。

 

 七つの悪霊にとりつかれ、悲惨な人生を送っていた女性が大きく変えられ用いられました。一個被七個邪靈附身、過著悲慘生活的女人,經歷了戲劇性的轉變並被利用。

 

 今を生きる私たちも、イエスの弟子です。苦しみの中から救い出され、復活のイエスに会い、その栄光の目撃者とされました。主の素晴らしい救いのみわざを伝えるものでありましょう。 我們今天活著的人也是耶穌的門徒。我們從苦難中被拯救出來,遇見了復活的耶穌,並成為祂榮耀的見證人。讓我們一同分享主奇妙的救恩之工。

マグダラのマリアー悲惨から救われた女性

  「 マグダラのマリアー悲惨から救われた女性」   聖書朗読▼ルカ8:1-3   1.その後、イエスは町や村をめぐって神の国を説き、福音を宣べ伝えられた。十二人もお供をした。   2.また、悪霊や病気を治してもらった女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出し...